六本木ヒルズでのビアフェス、最高でした。5月下旬はビールデンウィークというコピーに全面アグリーです。
右下の写真、よーく見ると。。。あのタンクトップの背中とその向かいのイラン人は。。。
次は日比谷公園で、ジャーマンフェスト
僕がミュンヘンで文字通り潰れたオクトーバーフェストを日本で真似したものです。
まだオクトーバーじゃないからなぁ。
誰か僕のハートをのぞきこんで、わしづかみしているなと感じさせるイベントの数々。困るなぁ。
六本木ヒルズでのビアフェス、最高でした。5月下旬はビールデンウィークというコピーに全面アグリーです。
右下の写真、よーく見ると。。。あのタンクトップの背中とその向かいのイラン人は。。。
次は日比谷公園で、ジャーマンフェスト
僕がミュンヘンで文字通り潰れたオクトーバーフェストを日本で真似したものです。
まだオクトーバーじゃないからなぁ。
誰か僕のハートをのぞきこんで、わしづかみしているなと感じさせるイベントの数々。困るなぁ。
やたらと目にしますね、Docomo 2.0。
テレビ、新聞、電車、屋外、いろいろなところで目にした方が多いんじゃないでしょうか。
要は資生堂のTSUBAKI方式だろう、と思ったのがまず第一の感想。
景気も上向いてきて、CMでもそういう雰囲気を感じられるものが増えてきた。
そういった時代性を映す鏡の一つであるCM。
と、まあ別にそれに関しては、特にまあいいんじゃないかなぁとは思う。
人々に何やらドコモは賑やかだなぁと思わせるし、例え膨大なお金がかかっているとしても、タレントの好感度というのは利用しやすいと思う。
ということで、キャンペーンの単純さ(展開の仕方というよりも、コアの部分でのアイデアに関しての)は分かりやすくて、まあ結局こういうことだよね、とは思う。
でも、僕は個人的には認められない部分がある。
それは「さて、そろそろ反撃してもいいですか?」というキャッチ。
あるblogによると(その人は元NTTの社員であるが)、このコピーは確かにドコモらしくはないが、インナー向けのメッセージとしては強いものがあり、共感できるとのこと。
確かに、インナー向けにはいいかもしれない。
そこは納得できるし、企業ブランドとしての広告にはそういうメッセージ性を持たせることもある。会社といっても、ある哲学が一貫していることは少なく(逆
にそれができているのが"強い"会社である)、そこでむしろ社内向けに効くメッセージをつくり、それで会社を一つにまとめるということもあるとは思う。
ただ、このドコモのキャンペ−ンの場合、それはちょっと目的が違っているのではないかと思う。
単純に、生活者に「やっぱりドコモはすげーや」と思わせればいいのではないかと思う。
そのためのこのやり方ではないのかなぁ。
なのに、「さて、そろそろ反撃してもいいですか?」というのは、卑屈すぎる。
ドコモはあくまでも業界1位だし、長年築いてきたその地位なりの表現があるだろうのに。。それは捉え方の問題だとも思うけど。
個人的には、
「だから私はドコモです」っていう、メッセージを(確かに何も言っていないメッセージだけど)掘っていったほうが面白いんじゃないかなぁと思うのだけど。
つまり、僕は王者ドコモに、追うauとソフトバンクという構図で、王者としての堂々としているコミュニケーションを展開してほしかったわけだ。追う方が簡単で、受ける側は大変だけど、そこで流石と思わせるとさらに評価は上がると思うのだけど。
元大分で今年の1月(くらい)に移籍したばかりの梅崎が早くもフランス2部のグルノーブルから来期の契約をしないと言い渡されたらしい。
あまりに早くないか?
大分の期待の星として出てきたところを、敢えて海外移籍をしたのに、半年で帰国もあり得るパターン。
梅崎が悪いと言っているのではなく、インデックスという日本の企業が親会社であるグルノーブルのやることが意味が分からない。
日本の親会社の指示なのか?
こうも早く日本人選手を入れ替えていたら、すごくイメージの悪い会社になるだけなのに。。。
大黒も早々に移籍してしまいました。
梅崎なんか若いんだから、まだ保有してきゃあいいのに。
なんのために日本人選手を取っているんだろう、不思議なところだ。
いわゆるCDシングルのB面を集めたCD。
毎回シングルを買っているような人には、あまり必要がない物だけど、ちょうど時代の狭間だったこともあり、デジタル化されていないものも多く、改めて聞くと、懐かしくもあり、いろいろな思い出が蘇ってくる。
というのも、実は昔からシングルCDのB面というのはわりと嫌いではなかった、
というよりもそういうものの中から自分のお気に入りを探すのが好きだった。
ちょっとした天の邪鬼さの表れである。
実家のもはや長いこと使われていない自分の部屋から当時のCDを探さなくてもよいという意味では、価値を見いだせるが、わざわざ買うほどのものではないと思う。
マニアとか、天の邪鬼な人以外にとっては。
有名な曲は流行った当時でなくても聞く機会があったが、それに付随している曲はその当時しか聞いていないために、思い出の新鮮さが違う。
良き思い出の曲たち、である。
待ち合わせのときにちょっと時間が余って入った本屋にて平積みされていたので購入。
1991年度の「このミステリーがすごい」第1位だそうだ。
"最近の「このミス1位」と読み比べてみよう。"という帯をつけた新潮文庫と、わざわざ平積みにした本屋さんにちょっとした感心(つまりはちょっとした皮肉な感情と冒険心)をして、そのために購入。
確かにかなり読み応えのある内容だった。
Amazonのレビューに書いてあるような、「それぞれの仕掛けの必然性」は確かに万全にはなかったけれども、逆にこれくらいのものであったからこそ、ちょうどよい読み応えのものであったのだと思う。
そう、変に凝りすぎず、ちょうどよかったと思う。
そういうのは多くの人に受け入れてもらうためには必要な物だから。
麻布、六本木あたりを中心に、やけに東京の描写が生々しい。
別に、M-1でのチュートリアルのネタが思い浮かび読んでみようと思ったのが全てではない。
書評(およびAmazonのレビュー)では誰だって雄弁だ。
ん、毎年あんまり大したことはしていなかったみたいなので、今年のこれもそれはそれでいいか。
力の限り、とまではいかないけど、まあだいたいお酒飲み。
普段は翌日の仕事やらサッカーやらで何かを気にしながら飲んでいるのを、セーブせずに飲んだ日々。
ただ、
こんな生活は大学生の間に4年間ずっとやっていたので、ああ別にやっぱりこんなもんだと時間を有効に使おうと再認識。
毎日同じ連中と飲むのも楽しいもの。
少なくとも、
特に何をしたというわけではないけど、
別に後悔はしてなく、
むしろちゃんと印象に残っている休みだったかもしれない。
逆にこういうものなのかぁ、ほんとの休みって。
休みだからってせわしなくするのは、
それはそれで平日より疲れるのだろうと、誰もが気づいていることを改めて実感。
休み中最大の発見。
ディズニー似の着ぐるみを指して、「いや、これはネズミに耳がついているんじゃなくて、耳の大きなネコのキャラクターです」。
有名な某国営遊園地のコメントです。
一度行ってみてー。